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石川はりきゅう整骨院


施術者プロフィール

はじめまして、院長の石川善徳です

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私がどんな人なのか、どうして今の仕事を志したのか、
などを知っていただいて、少しでも安心してお越しくださればと思います。
特に初めての方にとっては、どんな人が施術をしているのか、とても気になると思います。

 
 
1977年に仙台に生まれました。
好きなことは散歩と読書。
身体を動かすことも好きですが、
のんびり屋の性格なのか、ゆったり散歩をしたりジョギングをしたり、
空いた時間に読書をすることが大好きです。
 
好き嫌いはなく育ってきましたが、大学生の時に台湾で食べた臭豆腐との出会いは強烈でした。
「う~ん・・・」という感じで、3口くらいで止まってしまいました。
今では食べられるかもしれませんが、幸か不幸かそれ以来、臭豆腐との出会いはありません(ホッ)。
 
 

ゲームよりも自然が好きな子供でした

 
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小学校に入る前は、弟と一緒に保育園(乳銀杏保育園)に行っていました。
弟ができるまでは、よくおじいちゃんに送り迎えしてもらっていました。
スクーターに二人乗りしたりしていたのですが、今考えると危なかったんだろうと思います。
思い出してみると、何度かおまわりさんから注意されていた記憶が…
 
保育園に乗れるようになった自転車で勝手に行って怒られたこともありました。
今となっては楽しい思い出ですが、周りは心配だったと思います。
周りの人たちには本当に感謝です。
 
保育園児の時は、何度か肩の脱臼を起し、接骨院にお世話になりました。
今思うと、肘のような気がするけど。
 
※今は娘が何度か肘を亜脱臼(肘内障)になりましたが、私も妻も柔道整復師ということで難なく整復(元の位置に戻す)しています。
 
 
 
小学校時は、仙台市立原町小学校で6年間過ごしました。
私がいた頃はまだ木造校舎が残っていて、2年生のときにそこで学ばせて頂きました。
歩いているときしむ音が懐かしいです。あの木造の温かみは今でも忘れません。
校庭の真ん中には大きな柿木があり、毎年干し柿が給食で出ていました。
今は移動したと聞きました。
 
小学生のころ、親に「お医者さんになる」と言ったこともあるらしいですが・・・
記憶が定かではありません・・・(^^;
 
小学校時は大病をすることはあまりありませんでしたが、自転車に乗るのが好きで、転んでは怪我や捻挫をしたていました。
あの頃の道路って、今みたいにきれいじゃなくボコボコっだったんですよね。
そう思うと、今の道路ってとてもきれいで平らです。
 
夏休みは母方の実家に泊まることが多く、
毎日を自然の中で遊んでいました。
蛍もトンボもたくさんいましたね。

中学、高校となり、大学を考える時期になりました。
理数と自然が大好きということもあり、そちらの方向へ進むこととなります。
 

大学、大学院…行きたい方向が変わった
 

大学は茨城大学地球生命環境科学科に入学。
大学では自然環境における物理学や数学を学び、4年次に大学ではなく国立環境研究所(つくば市)で研究をさせていただきました。
これはとっても貴重な経験で、その後の東京大学への進学のきっかけとなりました。
研究内容は衛生データを用いた地球大気中のオゾン層の研究をしました。
 
大学でのサークルは、学生赤十字奉仕団です。
名前はすごいのですが、和気藹々のあったかいサークルでした。
困っている人と買い物に行ったり、施設に慰問をしたり、仲間たちとキャンプやバーベキューをしたり、
時には人生やボランティアについて熱く語り合ったり…
サークルのメンバーには心から感謝してます。
今でも仲良くさせてもらって、幸せです。


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右の写真はサークルの時に携わっていた「ゆきんこ」というものです。

足が不自由だったり、雪山に行く機会がどうしても持てないような人たちと一緒に、
雪山でスキーやソリ、ゲームで遊ぼう!!というものでした。

和気あいあいでとても楽しかったです。
1年次の終わりに「石川、団長をやってちょうだい」となぜかのお誘いがあり、
2年次は団長をさせていただきました。
 
大学時代に出会った友・先輩後輩、お世話になった方に心から感謝しています。


また、大学2年の時に、茨城県青年のつばさというもので、tai.png
タイとベトナムに行く機会がありました。

日本がとても恵まれていること、
タイやベトナムに非常に活気があること、
生水はおなかを下す事、
現地の人たちがとても温かいこと、
学生さんたちが勤勉なこと、
自分が幸せなこと、
たくさんの気づきを得る経験でした。
 
 
大学4年次の国立環境研究所での研究後、
東京大学大学院地球惑星物理学科に進みました。

研究室は渋谷にある東京大学先端科学研究所にありました。
 
東京大学では飛行機観測により、大気中ではどのようなメカニズムでオゾンが生成・消滅しているのかを研究しました。
特に自然の森林火災などの影響を研究しました。
 
修士論文では東南アジアの森林火災が大気中のオゾン生成にどのように影響しているかについて発表しました。
『マレーシアで観測された1-5月における対流圏オゾン増大現象と東南アジアでのバイオマス燃焼』
という論文を発表しましたが、今となっては、その論文もどこえやら・・・です。

ただ、東京での生活はとても有意義で、
東京にいるときに、NGOの国際協力祭の実行委員として携わることができました。
日本には誇れるNGOがたくさんあって、さまざまな地域で活動していることを知りました。
todai.JPG右の写真は上さんと一緒にとった赤門です。
東大を卒業してから働いて、専門学校に行くのですが、
かみさんとはそこで知り合いました。
学生の時に一緒に旅行した時に撮った写真です。
顔が切れています…
 

さて、ここからがこの道に入るきっかけです。
 
東京大学大学院1年に在籍中に、子供の頃にとってもお世話になった方がガンで亡くなりました。
 
ガンが見つかったときには医学ではどうすることもできない段階で、
後は「好きなように過ごしてください」という状態でした。
仙台にお見舞いに行くのですが、本人には告知はしていませんでしたので、
一緒に笑うことしかできませんでした。
笑うことがとっても大変なことなんだって、その時は心から思いました。

 
おばさんもきっと気づいていたと思います。

人は生まれたからには「死」は避けられないことです。
でも、「治る」望みがなくても、最後の最後まで何かをしてあげれる、
それがとても幸せなことで必要なことなんだと感じました。
 
 
それが僕にとって大きな分岐点となりました。
 

自然治癒力って? 生きるって?

 
そこから、人の「生きる」ことについて勉強しはじめました。
自然治癒力とは何なのか。
免疫力とは何なのか。
ガンとは何なのか。
生きるとはどういうことなのか。
 
今でも勉強中です。
 
そして、人が幸せに生きるお手伝いができることって素晴らしいなぁと思い、この道に入ることを決めました。
 
おばさんの時は西洋医学(現代医学)では何もできない状態だったので、僕としては違う切り口である東洋医学に感心が向きました。
 
西洋医学(現代医学)を否定するつもりはありません。衛生面や麻酔などとても素晴らしい技術を発見・発明しています。本当に素晴らしいと思います。
ただ、現代医学が発展すればするほど病気が増えているというのが事実です。
と言うことは、現代医学とは違う切り口が必要だと思いました。

 
現代医学は人間を全体的にみるのではなく、細胞や組織などのように小さくみていく学問です。
衛生面でも非常に優れていて、感染症に対してはとても有効な手段です。
また、検査技術にも優れています。
だから、否定はしません。
自分の身体がどういう状態なのかをきちんと把握するには優れた技術だし、
風邪や症状を抑える(治すのではありません)ことに活用することもできます。

肺炎で呼吸がほとんどできなくて、意識がもうろうとしている人に、
「足を温かくして、身体も温かくして、深呼吸して、自然治癒力を高めましょう」
と言っても、ダメです!!
今は一刻も早く医療を受けることが大切ですよね。

そして症状が落ち着いたときに、自然治癒力を高めて発作が起きにくくなることが大切なんです。

現代医学と伝統医学は切り口が違うので、比較することはできませんが、

現代医学は症状を「抑える」ことを考えるのに対して、
伝統医学(東洋医学を含む)は自然治癒力を高めて、その人が治ろうとする力で良くなることに対して、
目標を持って治療していきます。

私の性格上、東洋医学の方が向いていると思い、
こちらの方向に進むことにしました。

働いてから専門学校へ
 

大学院卒業後、金銭面のことや学校選びも兼ねて働くことにしました。
 
「将来のエネルギーについて知識を深めたい」「原子力エネルギーは必要なのか不必要なのかを知りたい」ということもあり、
核燃料サイクル開発機構(当時)(現:独立行政法人日本原子力研究開発機構)に入社しました。

 
原子力や核エネルギーについて、さまざまなことを学びました。
 
残念なことに、その当時でも原子力の安全性に疑問を持っていました。
自然を人間が長期間にわたり管理することはできないという立場にたてば、どのくらい無謀なものなのか、把握できるはずなのに・・・
原発の問題はこれからも増えると思います。
 
私個人としては、原発は「今まで支えてきてくれてありがとう、もうそろそろフェードアウトして良いからね」というものです。
なぜなら今の時点で他のエネルギーで代用可能であり、新しいエネルギーが構築されると考えているからです。
原発産業を新エネルギー産業に変換すれば、地域も国ももっと発展すると思います。
 

中間部・夜間部のダブルスクールで充実した日々
 

その後、東洋医学のことや、マッサージや鍼灸(はりきゅう)のことを学びたいと思い、
仙台にあるマッサージ・鍼灸・柔道整復が学べる赤門鍼灸柔整専門学校に入学しました。
 
昼間は鍼灸指圧科、夜は柔道整復科第二部に同時入学・同時卒業しまして、
マッサージ師、はり師、きゅう師、柔道整復師の国家資格を取得しました。

在籍中は中国に勉強会に行ったり、201211.jpg日本で勉強会を開かせてもらったり、
卒業時は、校長賞をいただいたり、
と、充実した生活ができました…

と思っていても、今思えばもっともっと充実させることができたなぁと感じています。
 

一生勉強
 

卒業後は、在宅マッサージ・鍼灸の会社や、また専門学校の教務課、そして整骨院に勤め、現在に至ります。
今でも毎月のように勉強会に参加したり書物を読んだりして勉強・勉強です。
 
 
まだまだ勉強中(死ぬまで勉強だと思っています)ですが、
一人でも多くの方の自己治癒力(自然治癒力、免疫力)が高まり、
イキイキして幸せに暮らせるお手伝いができればと思っています。
 
どうぞよろしくお願い致します。
 
 
 

私の好きな言葉

和顔愛語
 
私の好きな言葉に、『和顔愛語』というものがあります。
 
「和顔」はやさしげな顔つきのこと。
「愛語」は親愛の気持ちがこもった言葉の意。
 
いつでもやさしげな楽しい笑顔で、その人の心が楽になれるような言葉を発して、
目の前の人が癒される存在になれたらと思い歩ませていただいています。
 
 
 
フランスの哲学者で有名なアランは著書『幸福論』の中で・・・
 
「幸せだから笑うのではない、むしろ私は笑うから幸せなのだ」
「ただ微笑むまねをしただけでも、すぐに人間の悲しみや退屈さはやわらいでいるのだ」
 
と書いています。
 
医学の研究では、笑顔になることで脳内の鎮痛物質の量が増え、鎮痛効果が高まることが知られています。
 
また、癌の患者さんたちが吉本新喜劇や落語などを見て大笑いをしたら、免疫機能が改善してきたとか、慢性関節リウマチの患者さんたちが、落語を聞きにいき大笑いしたら痛みが和らいだというような報告があります。
 
笑うことで自律神経(交感神経と副交感神経)の副交感神経が優位に働き免疫疾患が改善したという報告もあります。
 
私と出会っている間だけでも、気持ちが安らいだり、笑顔になったりして、心と身体が癒される、そんな環境作りができるように努力します!!
 
 
 
あなた様とのご縁に、心から感謝してます☆
 
 
 
趣味:治療の研究、生きがいの研究、読書、散歩など
 
おすすめの本:生きがいの創造(シリーズ)
       どんぐりの家(障害者の家族の漫画本です)
※どちらも当院にありますので、読んでみてください。
 
 「生きがいの創造」は“なぜ人は生まれてくるのか、なぜ死んでしまうのか”ということを考えさせてくれます。悩んでいる時期にこの本が助けてくれました。
 
 「どんぐりの家」は障害児を持つ親の葛藤と生き様をとてもよく表現しています。私もそのような親子と関わったりしていますが、人間は弱い部分もあり、しかし強い部分もあると言うことを教えてくれます。親子で読んでほしい漫画本です。
 
よろしくお願いします
 
どんなことでもお気軽にご相談してください

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