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不安をあおられると、不安が的中しやすくなる

新型コロナウイルスによる社会的な影響もまだまだ続きそうですね。

 

かからないように気を付けることは大切ですが、かかっても抵抗できるような身体づくる・心づくりをしていてほしいと思います。

 

 

 

さて、『情報弱者』という言葉が近年出てきましたね。

 

『情報弱者』というのは、テレビや新聞の情報にだけしか触れることがない人たちのことです。

 

 

 

テレビや新聞だけから情報を得る人たちのことを『情報弱者』というのは、テレビや新聞からの情報を本当の情報だと勘違いして受け取り、結果的にテレビや新聞に扇動されるように生活をしてしまうからです。

 

 

 

たとえば、昭和初期に「北朝鮮は楽園の国」というように新聞に書かれていたせいで、北朝鮮に移り住んだ人は多くいますが、実際に行ってみると楽園どころか劣悪な環境で大変だったという事例があります。

 

 

今でも国民を扇動する書き方を好んで行っている新聞社もありますよね。

 

 

 

テレビにしても、要人が言ったことから上手に切り取りして反対の意味にすり替えて放送していたテレビ局もあります。

 

また、コメンテーターも偏った人たちを選ぶことで、ある人たちに誹謗中傷じみたコメントを行い、それがあたかも本当であるかのように伝えます。

 

 

 

結果的に、テレビや新聞しか見ていない人たちは、その情報に踊らされるようになります。

 

 

 

インターネットでは情報としてはピンキリですが、少なくともテレビや新聞と違って自分で調べることが可能です。

 

 

だから、50代以上の人よりも20~30代の人の方が冷静に社会を捉える情報を持っているということも多々起きているんですね。

 

 

 

 

で、今回の新型コロナについてもそうです。

 

もちろん、新型コロナに感染するよりはしないほうがいいです。そして、新型コロナだけではなくインフルエンザや風邪もひくよりはひかないほうがいいんです。

 

そして、その対応をするしかできることはありません。

 

 

 

 

そう言った点から、テレビなどを見ると・・・

 

毎日のように新規感染者は○○人です!大変です!病院はどうなっているのでしょうか?ワクチンはどうなっているのでしょうか?政府は何をしているのでしょうか?

 

と、国民をばかにするような煽り方で視聴率をあげようとインパクトのありそうな内容ばかりを繰り返し放送します。

 

 

 

ハッキリ言って、テレビのコメンテーターや司会者が煽ったところで、解決には何もつながりません。政府の批判をしたからって政府が変わることはありません。もちろん、情報弱者となっている国民を扇動して政府批判の人たちを増やすことは可能ですが。

 

 

 

 

で、話を今日の話に戻しますが、人間は不安を避けようとすると、不安を引き起こしやすく行動する生き物です。

 

 

 

たとえば、つり橋の上を歩いているとします。

 

「落ちないように、落ちないように、落ちるんじゃないか、落ちそう、落ちたらどうなる・・・」っていう考えや気持ちで渡るとき、自分で一生懸命無意識に吊り橋を揺らし始めます。

 

落ちる可能性を高くしてしまうんです。

 

この場合、落ちるということを考えるのではなく、橋のあっち側を見て「あっちに行くんだ」「渡ったら安心だ」というように考えていれば、無意識に吊り橋を揺らすことはありません。

 

 

そうなっているんです。

 

 

 

 

ですので、恐怖を煽るような番組ばかり見ていると、それだけで恐怖(この場合新型コロナ意外かもしれません)を感じるような、不安を感じるような現象を引き起こしやすくするんです。

 

そして、「ほら、やっぱり」と自分で納得するんです。

本当は、自分でその状況をつくったにもかかわらず。

 

 

 

 

だから、「テレビを見るのはやめましょう」とは言いませんが、自分が見たい内容のテレビを選択してみるようにしてはどうでしょうか?

 

新型コロナのニュースは一日1~2回ほど見れば十分ですよね。

 

だから、それ以上は見ない。

 

 

 

対策をきちんとしているのであれば、必要以上の恐怖や心配を味わうことは必要ありません。

 

 

 

ときどき、インターネットでyoutubeなどで「本当はどうなんだろう?」っていう監視役気分で本当のことを探ってみるということも大切です。

 

 

 

僕はテレビや新聞を見ることはほとんどなく、ほとんどインターネットから情報を得ます。それでも偏った人の情報だけを選択すれば『情報弱者』になってしまいます。

 

ですので、気になったことがあったら少なくとも2~3つの情報に当たるようにしています。

 

それでも浅いかもしれません(^^)

 

 

 

で、病気について話を膨らませますね。

 

 

 

病気の話って聞けば聞くほど不安な事ばかり出てくるんです。

 

 

たとえば、難病の話を聞いたとします。症状がたくさんあったとして、自分が当てはまる症状だけに気が向いてしまい、「私はこの難病じゃないのか」って思うことってないですか?

 

僕も昔はありました。

 

 

 

だから、病気や症状について知ることは大切かもしれませんが、不安や心配といった感情がそこについているのであれば、それはちょっと違う方向に自分が向いているのかもしれません。

 

 

 

だって、病気だってわかったら健康になることをすればいいし、病気じゃないって思ったら、嫌な感情を出すほど深入りする必要は無いですから。

 

 

 

こんな話があります。

 

 

 

 

ある健康的な人がいました。

名前をAさんとしましょう。

 

 

AさんはBさんから誘われて、ある集まりに行くようになりました。

 

 

集まりは少人数でしたが、いろんな話ができて楽しかったので、Aさんは頻繁に集まりに参加するようになりました。

 

 

 

ある日のことです。Aさんがいないときに、Aさん以外の人で集まって、こんな話が出ました。

 

「人は、病気だって言われると病気になるらしい。Aさんで試してみないか」と。

 

 

 

 

後日、Aさんが集まりに行ったとき、Bさんが話かけてきました。

 

「あれ、Aさん、顔色が悪そうだけど、体調は大丈夫?」

 

少し時間をおいて、集まりに参加している人たちみんながそれぞれAさんに同じようなことを言うようになりました。

 

それが1ヶ月ほど続いたときです。

 

Aさんは本当に病気になってしまいました。

 

 

 

 

これは、嘘のような本当の話です。

 

 

自分が何を考えているのかは、身体にとっても心にとっても非常に大切なものです。

 

 

 

だからこそ、自分が得る情報をきちんと選択することが重要になってきます。

 

 

 

 

本当かなぁ?

 

 

って、考える事ってとっても大切なんですね!

 

 

 

 

自分が病気だとしたら・・・

 

「病気だと不幸って本当かなぁ?」

「病気だから辛いって本当かなぁ?」

「病気だから好きなことができないって本当かなぁ?」

 

 

 

もしかすると、本当ではないかもしれませんよ!

 

一つの例外が見つかれば、それは本当ではなくなります(^^)

 

 

 

 

今日はとっても暑い一日になりますね!

 

熱中症に気を付けて、ちょっとした楽しみを見つけつつお過ごしください♪

 

 

 

今日もありがとうございます☆☆☆